最高裁判所第二小法廷 平成8年(行ツ)135号 判決 1997年11月14日
茨城県東茨城郡小川町大字中延一二〇二番地
上告人
日新総業株式会社
右訴訟代理人弁護士
浦聰
同石岡市大字三村二四五一番地二
上告人
株式会社筑波学園東カントリークラブ
右代表者代表取締役
浦聰
東京都田無市南町六丁目一一番一二号
上告人
東興不動産株式会社
右代表者代表取締役
浦幸子
同杉並区宮前一丁目一九番三号
上告人
株式会社東和工務店
右代表者代表取締役
浦聰
同杉並区宮前一丁目一九番一四号
上告人
株式岩瀬桜川カントリークラブ
右代表者代表取締役
浦聰
同田無市南町六丁目一一番一二号
上告人
浦聰
右六名訴訟代理人弁護士
坂田桂三
伊藤喬紳
飯塚義次
古田利雄
東京都千代田区霞が関三丁目一番一号
被上告人
国税不服審判所長 太田幸夫
右当事者間の東京高等裁判所平成七年(行コ)第一一九号法人税更正処分等に対する審査請求却下裁決取消請求事件について、同裁判所が平成八年二月二八日言い渡した判決に対し、上告人らから全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
理由
上告代理人坂田桂三、同伊藤喬紳、同飯塚義次、同古田利雄の上告理由について
原審の適法に確定した事実関係の下においては、所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、違憲をいう点を含め、独自の見解に基づき原判決の法令解釈の誤りをいうものにすぎず、採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大西勝也 裁判官 根岸重治 裁判官 河合伸一 裁判官 福田博)
(平成八年(行ツ)第一三五号 上告人 日新総業株式会社 外五名)
上告代理人坂田桂三、同伊藤喬紳、同飯塚義次、同古田利雄の上告理由
第一、本件控訴裁判所は、憲法三二条に違背し、また、判決に影響を及ぼすことが明らかな民事訴訟法一八二条、法人税法四条一項、所得税法五条一項、国税通則法二三条一項に違背する法令違背の判決をしている。
一、憲法三二条は、何人に対しても裁判を受ける権利を保障している。裁判は、法令を適用することによって解決しうるべき権利義務に関する当事者間の具体的な紛争が存し、訴えられた場合に、その権利義務の存否を確定する作用であり、したがって、その事案において訴訟の目的たる権利関係につき裁判所の判断を求める法律上の利益が存在する場合には、裁判所は本案の審理をし、裁判を行うべきである。
しかしながら、控訴裁判所(以下「原審」という。)は、不服申立の利益ないし訴の利益が本件には存在するにも拘らず、不服申立の利益がない、とする第一審裁判所(以下「第一審」という。)の判断を引用して控訴を棄却している。
二、また、上告人は、第一審及び原審において、本件更正処分の内容に対して、新たに付加・認定された加算課税要件事実について、明確にされるべきであるとして、審理をすべきであると陳述したが、何等の合理的理由を示すことなく、審理を打切り、訴または上訴に対して、結論う出せる状態に達していないにも拘らず、民事訴訟法一八二条に違背して、口頭弁論を終結して、終局裁判をしている。
三、法人税法四条一項は「内国法人は、この法律により、法人税を納める義務がある」とし、また、所得税法五条一項は「居住者は、この法律により、所得税を納める義務がある」として、法人及び個人に対して、適正かつ公正な納税の義務を課している。
しかしながら、原審は、本件各税務署長が処分した違法かつ不公正な課税標準等による法人税及び所得税等に関する更正決定に対する審査請求を却下するとの裁決の取消を求める本訴請求について、単に、不服申立の利益がないとして棄却した第一審判決を正当として本件控訴を不当に棄却している。
四、原審判決は、「申告者が課税標準等又は税額等が申告額を下回ること等国税通則法二三条一項各号に掲げる事由を主張するには、同条の規定による更正の請求方法によらなければならないものというべきである。」旨判示している。
しかしながら、国税通則法二三条一項は、納税者が納税申告書の提出により、納付すべき税額または更正後の税額が課題となったときに更正の請求を認めようとするものであるが、本件は、上告人等が、法律の規定に従って適正に申告しているのであるから、自らの申告を過大に申告した事案ではないので同条同項による更正請求は許されず、原審が同条同項による更正請求によるべきと判断したことは同法令に違背する。
第二、一、(1) 原審判決は、「算出の過程において加算要因と減算要因とがあっても、それは、更正の理由を構成するものに過ぎないのであり、更正に対する不服申立の対象は、課税標準等又は税額等の適否なのであるから、課税標準等又は税額等を減少させるものであって、納税者に不利益処分ではない減額更正について、その理由の一部を構成するに過ぎない加算要因に対して不服があることを理由に、不服申立ての対象となるものと解すべき必要や余地はない。」と判示するが、右判断は明らかに法律の解釈適用を誤っている。
(2) すなわち、法律が課税標準等又は税額等の文言を使用しているのは、そのいずれか一方に法律上保護すべき利益が存在すれば、その部分につき訴えの利益を認める趣旨と解すべきである。
例えば、法人事業税(地方税)の課税標準である所得の算定は、法人税(国税)の課税標準である所得の計算の例によって行うことになっており、しかも、法人事業税の課税標準は同額で課税されるのであり、税額とは関係がない。
従って、法人税(国税)関係の諸法規がそのまま適用されるのであるから、若し、法人税(国税)の課税標準の算定に明らかに誤りがあって過大に更正されても、それと同時になされた源泉徴収(国税)に計算誤りがあって過大に徴収され、是正し、その結果、一箇の処分として税額を双方合計すると、減額更正するケースも考えれば、原審判決説示のような、それぞれは、決して理由の一部ではなく、別個の税金なのである。
しかるに、結果の税額のみにとらわれて減額されているから不利益ではないとして、法人税(国税)に関する不服申立を認めないとすれば、間違いなく過大な法人事業税(地方税)が課税されるのであり、仮に不服を申し立てても、法人税(国税)について確定しているとして過大な法人事業税を賦課されてしまう結果となる。
(3) このようなことを慮って、法人税(国税)の課税標準自体に不服があれば、これを争う法律上保護された利益があるといわなければならない。
これが、同条の課税標準または税額の意であって、若し、税額さえ減少していれば訴えの利益がないと解するときは、法人事業税(地方税)は、法人税(国税)の過大な課税標準のまま納税義務を負担しなければならなくなる。
法人事業税の課税標準は、別団の定めなき限り「当該各事業年度の法人税の課税標準である所得の計算の例によって算定する」とされている(地方税法七二条の一四第一項)ので、そこで「申告に係る法人税額の更正が確定法人税額によっている以上、納税義務者は、法人税額の過大を主張して、右都知事の更正を争うことはできない」として否定的判断を示しているのである(東京高判昭和五一・一二・七行裁例集一一-一二号一七八八頁)。
要するに、国税である法人税の確定行為が存在し、それが有効である場合に、法人の事業税に関する更正に対する争訟において、法人税の確定内容に反する主張をなすことは許されない(碓井光明・地方税の法理論と実際)。法人税(国税)の確定について争訟の機会を逸すると、それに連動する法人事業税(法人住民税も同じ)の内容について、違法を攻撃できないという不合理な結果となる。
(4) 以上のとおり、減額更正に対する訴えの利益については、原則として原審判決の説示する場合が一般ではあるが、右に例示したような特別の場合、他に救済の手段がないのであるから、このような場合には、特段の場合として、法律上保護すべき利益がある。
しかしながら、原審判決は、これを看過しており、一律に訴えの利益がないとして、上告人の申立を排斥するようなことがあれば、それはまさに、納税者の裁判を受ける権利(憲法三二条)を否定することになる。憲法三二条は、争訟の当事者が争訟の目的たる権利関係につき、裁判所の判断を求める法律上の利益を有することを前提として、本案の裁判を受ける権利を保障したものである(最大判・昭三五・一二・七民集一四-一三-二九六四頁)。
従って、原審判決は、上告人の訴えの利益を無視し、本案を受ける権利を否定したものといわねばならない。
二、(1) 国税通則法二三条一項は、納税申告書の提出により、納付すべき税額または更正後の税額が過大となったことが「課税標準等若しくは税額等の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかったこと、又は、当該計算に誤りがあったこと」に基づいている場合に限られて適用される。
しかしながら、本件は、上告人等の各法人や個人が法律の規定に従って適正に申告しているのであるから、自らの申告を過大に申告したわけではないので、右同条による更正の請求をすることは許されない。
更正の請求は、申告の内容に誤りがある場合のすべてについて認められるものではなく、申告が過大であった場合に適用されるのであり、課税標準が過大であっても納付すべき税額が過少なら、修正申告によることになるのである。
(2) 更正の請求の対象となる事項は、その納税者が提出した申告書の記載された課税標準等または税額等である。
本件は、帰属そのものを争っているのであるから、更正の請求の対象とはならない。
本件は、個々の課税標準等を争っているのではなく、従って、申告に係る税額がそもそも過大ではない場合には、更正の請求の要件を充たすことはないのである。
第三(1) 本件各税務署長の行った原処分は、東京国税局の主張に沿って、上告人浦聰に対して新たな本税及び重加算税を賦課する増額更正処分を行う為に行われたものであって、上告人浦聰に対する右増額の更正処分と密接な関係がある。本件各原処分について不服申立ができないとすれば、上告人等は本件各原処分の事実認定に関して意思を述べる機会を与えられないまま、右増額更正処分と裏腹の関係に立つ本件の更正処分が事実上確定してしまうことになるのである。
本件は、訴外株式会社ジャパンセントラルコロシアム(以下、「JCC」という。)から依頼されて長期間に亘る種々の協力によってゴルフ場の開発に至らせ、また、出資していた上告人等が、経営離脱を求められ、貸金および担保協力・業務協力に対する報酬、逸失利益・経営権の対価、出資株式の買取等として、JCCの個別的契約である「合意契約書」および「株式譲渡契約書」にもとづいて支払を受けた金員すべてを、上告人浦聰個人のみがJCCに譲渡した株式代金として更正し、上告人等がJCCから受けた金員をすべて否認し、あるいは、有価証券売却を否認しているものであり、法人たる上告人等のJCCからの収益を否定して、上告人浦聰に対して多額の課税をしようとするものである。
上告人浦聰は、別件の多額な更正処分および加算税の賦課決定に対して、異議の申立および審査請求を提起しているが、本件は、別件において納税者たる上告人浦聰に不利益な課税をするために、その前提とし、連結させているものである。
本件におけるように増額更正された主体と減額更正された主体が異なる場合には減額更正のみをなされ納税者は増額更正に対する不服申立を通して事実関係を主張立証することができない。したがって、不服申立を認めるべきであるし、さらに本件におけるような場合には減額更正についても不服申立を認めたうえで、増額更正に対する不服申立と並行ないし併合して事実関係の解明にあたるのが適当だというべきである。
(2) 上告人の、税務訴訟の機能は、一面に納税者の権利保護を図るとともに、他面、行政の違法を是正すべきものであると解すべきゆえに、たとえ当該処分が形式的には納付税額のみの点からみれば結果として、減額更正であっても、実質的に増額更正とみられ、他に不服申立の何らの手段も欠くような場合には、行政のためにも訴えの利益を認めるべきとし、また、通常訴訟と異なり更正処分に対する不服申立においては、応訴の負担を強いられるのは国家機関なのであるから私人が応訴の負担を強いられる場合と同列に考えるべきでなく、従って、更正処分が納付税額を減するものであったとしても、その更正処分が他の増額更正処分と密接な関係にあり、該処分によって被処分者に間接的な不利益が生じる場合などにも不服申立についての法律上の利益があるというべきであるとし、特に、本件におけるように申告にかかる課税標準の一部又は全部の取消しと新たな課税要件事実の認定に伴う課税標準の加算とが複合して行われ、その結果として課税標準の中身が入れ替わる場合には、新たに認定された課税要件事実に対応する部分に関する限りは、納税者に不利益な処分であるから、その取消しを求める利益は認められるというべきである、なぜなら、課税庁において職権による一部減額更正をした後、あらためて一部増額更正を段階的に行った場合には不服申立によって救済できるのと比較すれば、課税庁の処分如何により納税者の権利救済の機会を奪うこととなり、両者は著しく権衡を失することになるからである、とする旨の主張に対して、原審の引用する第一審判決は、「税務行政の民主性の担保なるものは争訟制度の本来目的ではないし、行政争訟における訴えの利益とは、当該紛争自体について、国家の紛争解決制度を利用して解決するに足るだけの実際的な価値ないし必要性があるかどうかについての判断であるから、右判断において争訟の相手方が国家機関であると否とで差異が生ずべき理由はないものというべき」と判示している。
しかし、争訟制度は、憲法によって制度的保障として認められている制度であり、憲法が目的としている基本的人権の尊重・民主主義の原理の実現のために設けられている制度であるため、この制度の解釈及び運用ないし適用は、これらの原理の実現を基準として行われるべきである。民主側の担保なるものは争訟制度の本来の目的ではないとの判断は認められるべきではなく、原審判断は、国民の裁判を受ける権利を定める憲法の規定に違背するものと言わざる得ない。
以上